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この界隈は毎月第三日曜日は「朝市」があるようです。
いいなぁ。 |
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赤い山門を持つ「観明寺」 画像クリックで由来へ |
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お稲荷さん、石柵奉納者名 時代は多分、明治。
板橋にもやっちゃ場があったようです。
マウスオンで境内の豊川出世稲荷 |
| 観明寺にある都内最古の「庚申塔」 |
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大正時代からの銭湯「花の湯」
銭湯独特の「唐破風建築」 立派なものです。
煙突はマウスオン
玄関先にぶら下がっている彫刻は2羽の鶴のように見えます。 |
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「板橋脇本陣跡」 近藤勇が処刑されるまでの間ここに幽閉されていました。マウスオンで説明板 |
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いたばし観光センター ここでパンフレットを入手。
余談ですが、パンフレットに誤りを発見、後日センターにお知らせしました。 |
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王子新道を横断します。 |
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| 板橋宿 仲宿へと入ります。 |
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「遍照寺」への入口、参道というには荒れ果てた感じ、左側は打ち捨てられた庭の様相。私道のような参道では猫が友好を確かめていました。
奥突き当りがお寺のようでした。
由来はマウスオン |
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| 幕が掛かっているところが、遍照寺のようです。まるで普通の民家のようで中を拝見するのも憚られ、中は見ていませんが1798年(寛政10年 11代将軍家斉の時代)建立の馬頭観音があるらしい。 |
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これかなぁ?寛政の馬頭観音は。 |
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| 商店街にもどると、あら懐かしや、”リヤカー”ではありませんか。現役ではなさそう。 |
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時折、路地をのぞきこむのも楽しいものです。
この界隈の路地は、入り組んでいて、袋小路も多そう。 |
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蛮社の獄で捕縛された「高野長英ゆかりの地」碑
小伝馬町から脱獄した高野が一日かくまわれた
医師水村玄洞宅跡。 |
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スーパーはこの一店舗だけであったように思います。
また、この場所が板橋本陣跡だそうです。
ここから脇に入ります。 |
 「文殊院」 板橋本陣飯田家の菩提寺であった。
画像クリックで説明板 |
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文殊院への途中にありました。
ストーブと思うのですが、高い所に張り付いている意味がよくわからない。 |
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| 商店街に戻ります。だいぶ人が増えてきた。 |
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路地。ここはせまかった! |
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| 逆光、銭湯です。 |
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「板橋」現在の橋は1972年に架橋。
江戸時代は木製の太鼓橋でありました。
1180年に挙兵した源頼朝が“武蔵の国豊島ノ上滝野川ノ板橋に布陣”しており、鎌倉時代にはすでに架橋されていたと考えられる(観光センター資料より) |
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| 日本橋から二里二十五町三十三間(十粁六百四十二米)の道標が立っています。 |
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板橋から見た石神井川、両側は桜の木、開花時も見てみたいものだ。 |

橋を渡ると、上宿
平尾宿、仲宿、上宿と長い商店街で、
医院も、交番もあり
生活しやすい町だなぁと思います。
中山道の北側は学校が多いですしね。 |
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面白看板ですね。
「力士料理」とあります、ちゃんこでしょうかね。 |
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| 焼鳥屋さん、そそられるにおいしてましたよ。 |
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青いテントは、金物屋さんでした。ほとんどの商品がぶらさがっています。ちょっと異様な景色。 |

中山道板橋宿上宿碑 交番の隣でした。 |
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板橋宿上宿の説明板 |
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「縁切り榎」 現代では悪縁を断ち良縁を結んでくれるご利益があるという。
江戸末期、和宮降嫁の行列は、不縁となるのを忌み、避けて通ったとのことです。
お社の前に行くと、おみくじの自販機があり、笑ってしまいました。
画像クリックで説明板へ |
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商店街は、環七に突き当りました。
本日はここまでとしましょう。
左折したところに、東京メトロ板橋本町駅。地下鉄で帰宅。 約2時間半の行程でした。
お店を覗いたり、買い物したり、お茶したり、路地に入ってみたりなので、正味1時間半くらいでしょう。
こんな生活のにおいがする町を歩くのも大好き! |