神田川〜日本橋川  
  

つづいて 日本橋川 です
08/07/17 曇りのち晴れ 勝どきマリーナ〜隅田川〜神田川〜日本橋川をエレクトリックボートでめぐる

NPO法人「あそんで学ぶ環境と科学倶楽部」と千代田区の事業

10:00マリーナに集合しコース説明や注意を受け、ウエストポーチのようなライフジャケットを着用し、12人乗りの電気ボートに乗船。
普通の水上バスが入らない、神田川、日本橋川が楽しみだった。
外堀通りの下にあたるわけだが、水上からはどう見えるかなどとわくわくしながらの行程でありました。
期待にたがわず、内容の濃い体験ができました。季節により風景も変わるので春に又乗船したいです。

予約が必要
NPO法人「あそんで学ぶ環境と科学倶楽部」 http://enjoy-eco.or.jp/ にどうぞ

神田川・日本橋川の橋の詳細は外堀をゆくシリーズで触れています。


前方あいあい橋 平成13年架橋の歩行者専用橋
水の透明度を見せてもらう。
この日は雨のあとで、いつもよりは悪いそうです。
左側に「EM活性液製造プラント」
有用微生物群を液中に複合共生させた液させた溶液のこと。
この液をヘドロに敵的に投入し分解させ水質浄化を図る取り組み。
千代田区「日本橋川・神田川に清流をよみがえらせる会」と中央区「名橋日本橋保存会」などが取り組んでいるとのことです。
新川橋
堀留橋、南堀留橋とくぐります。
宝田橋 雉子橋(きじばし) 親柱と袖柱
雉子橋から江戸時代外堀の遺構、「乱組」といわれる石垣が残っています。
工事を担当した大名家の印を残す石垣もあります。
○に十は薩摩藩島津家の家紋です。マウスオン
単純なのですぐに目につきます。
一ツ橋 少しバランスが悪いデザインですね。
ここは、一ツ橋御門石垣も残っていますね。
錦橋 大手町と神田錦町の間にあり、千代田通りがわたっています。 神田橋の首都高JC出口の下
外堀の石垣を破壊したままになっているのが憤激ものです。
これは、日本橋川からの視線でしか見えません。
見えなきゃいいのか!恥知らずなことです。
鎌倉橋 鎌倉橋界隈は江戸城、濠などの工事材料として
鎌倉から石材を揚陸するようになり、鎌倉河岸とよばれる
ようになりました。
鎌倉橋をくぐってすぐにある鎌倉河岸船着場跡
防水扉のむこうは旧龍閑川
龍閑川は戦後、廃墟の瓦礫で埋め立てられたそうです。
常盤橋 橋についていた紋章マウスオン
常盤橋防災船着場で上陸、トイレ休憩20分。
こちらは常磐橋
常磐橋の上です。かつて馬車が通ったそうです。
常磐橋のたもとには公園があって、「常磐橋御門」跡や枡形門の石垣も残されています。 一石橋をくぐってから日本橋が見えてきます。

日本橋は、首都高を特に見苦しく感じます。
関東大震災にも耐えた橋、なんだか情けなくなります。
     重要文化財の橋が泣いています。
     日本橋の素晴らしい中柱
日本橋の両側は、小さな公園になっています。 江戸橋です。
幅が広い江戸橋をくぐり抜けると、江戸橋JC 鎧橋 
前方は茅場橋です。
ここ日本橋水門から亀島川へと入ります。
やっと首都高から解放されます。
霊岸橋
老朽化による架け替えで、現在の橋は1985年架橋。
亀島川は約1kmで隅田川へと出ます。
湊橋 
初めは延宝7年(1679年)架橋、現在の橋は震災復興事業で1928年架橋
昔、この一帯は江戸湊の出入り口であったそうです。
新亀島橋
創架は1882年、震災復興事業により1926年架橋
亀島橋
創架は元禄15年以前と思われ、震災復興事業で1929年架け替えられましたが、平成14年老朽化のため架け替え。
南高橋 中央区有形文化財指定
関東大震災後1932年、、被害が少なかった両国橋の中央部分を使って架橋。
だんだん隅田川が近づきます。
亀島川水門から隅田川へ 中央大橋のここに出ました。
石川島灯台の裏手は佃公園
その後ろには住吉神社があります。
往路と同様に橋をくぐり、この水門からマリーナへと帰ります。
休憩を含み約4時間の行程でした。

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ごらんいただき、ありがとうございました。