赤坂〜六本木〜麻布  
  

08/12/13 晴れ 23名  約3時間歩行
東京メトロ赤坂見附駅A出口  14:45集合

赤坂〜六本木〜麻布はほとんどが大名屋敷だったエリアで、明治時代はお屋敷町でありました。
2003年の六本木ヒルズオープンに続き、東京ミッドタウン、赤坂サカスなどが次々オープンしました。
史跡をたどりながら、街めぐりをします。

麻布十番名物の「たいやき」の予約注文をし、コース中でピックアップ。
沖田総司の墓・専称寺、12/13にはカットしました。
画像は、下見の10/2・3のものを主に使用(12/13当日は後半、日暮れとなり暗かったため)。



首都高越しにホテルニューオータニ
赤坂見附集合後、青山通りを豊川稲荷方面に歩きます。
サントリー美術館はミッドタウンに移転し、赤坂見附にはありません。
青山通り沿いの鹿島ビルは新工法でビルを下から解体するんだと書いてありました。
写真を見ると最後は上が、そのまま下にドスンと来るようでした。
豊川稲荷本殿 由縁はマウスオン
正面左手は、大岡越前守忠相廟
忠相が邸内に祀っていた尊像を大岡邸から遷したもの。
ほかに、境内には身代わり地蔵、叶稲荷、融通稲荷などたくさんのお稲荷さんがあります。
本殿左の方に抜けると境内。豊川文化会館の1階に店が少しあります。
この家元屋のおばちゃんと稲荷寿司は、女性誌に掲載されました。2個¥200、ラーメン・うどんもあります。
豊川稲荷の隣は弾正坂をはさんで赤坂御用地。三笠宮邸や秋篠宮邸があり、警備も厳重。
豊川稲荷の反対側は「とらや」本店。
地下に「虎谷菓寮」があり、くずきり、あんみつ、羊羹とお茶などが楽しめます。
青山通りを赤坂見附方面に戻り、「一ツ木通り」を道なりにつきあたりまで行きます。
一ツ木通りの街灯は柱部分は、本物の樹木の幹でした。
赤坂に向かって少し下る感じです。
飲食店が多い通りです。
突き当ると赤坂通りで、右に赤坂サカスがあります。
2008年3月オープン。マウスオン
TBSの隣のBizタワーは39階建て高さ180mだそうです。
サカスの意味は「桜を咲かす」の意味も含んでいるそうな。
江戸時代は安芸備後藩浅野松平安芸守中屋敷がありました。
赤坂通り一本南の「日大三高通り」、鹿島ビル敷地内にこれがあります。 現、特養老人ホームの角の「勝海舟屋敷跡」は赤坂6丁目。
勝さんは、ここで晩年を過ごしたそうです。
説明板はマウスオン
勝さんの屋敷跡前を西の方に行くと小さな「赤坂教会」に突き当りますが、その脇の細い道を抜けると、氷川坂に出ます。あたりは普通の住宅街です。 氷川神社 
氷川坂から神社へは石段を登りますが、氷川坂を登りきってつきあたりを右折すると石段は少しだけで、社殿(東京都有形文化財)に行けます。マウスオン
社殿は1730年8代将軍吉宗さんの命により造営されました。
元禄時代は浅野土佐守屋敷跡(忠臣蔵の遥泉院の実家)。
きれいなトイレあり。
境内のオオイチョウは樹齢400年
氷川神社の反対側の高台には、アメリカ大使館宿舎が広大に広がっています。
も少しまっすぐ進むと、「志賀直哉居住跡」の看板が立っています。
志賀さんは14歳(1897年)〜29歳まで居住し初期の作品はこの地で執筆したそうです。
「三河台」の看板を右折し、坂を下ると、「檜町公園」
流水や池もあり、かなり広く、子供向けの遊具の設置もあります。
犬の散歩や、子供づれのママたちなど、ゆったりとした雰囲気。場所柄、外国人のベビーシッターが散歩なんて図も多々あり。
江戸期は長州藩中屋敷でした。 
東京ミッドタウンの図面
下の方の緑色は檜町公園になります。
防衛庁跡地の再開発により誕生。
檜町公園サイドからみた東京ミッドタウンは赤坂9丁目なのね。
中央の3階にサントリー美術館。
左がミッドタウンタワー、54階建、高さ248m、最上階にはホテル、リッツ・カールトンがあります。
ミッドタウンを通り抜け、外苑東通りに向かいます。
(12/13撮影)
外苑東通りから見た、東京ミッドタウン 
ミッドタウンエリアは赤坂で、その西は六本木のようです。
竹の植栽があります。
六本木交差点 六本木通り
六本木通り、裏通りです。 こんなバーテンさんがいるのだろうか?
3体の人形が入口を飾っていました。
全部顔やスタイルが違い、しばらく見とれてしまった。
視力検査をどうぞ?
ビル工事中の塀にありました。
思わず片目、おさえそうになる。
「六本木西公園」 門様式は冠木門
内部はマウスオン
旧郵政省官舎跡地で、面積約2187平方メートル。
泉水もありますが、乾いており水はない。

テレビ朝日と東京タワー (12/13撮影)
テレビ朝日の敷地となる前は
ニッカウヰスキーの工場でありました。
テレビ朝日通りから、六本木ヒルズへ(12/13撮影)
円いのはアリーナと呼ばれ、テレビ局のイベントやなんらかのパフォーマンスがみられる。
後ろのツインタワービルはレジデンス。
毛利庭園 クスノキ、エノキ、ソメイヨシノイチョウをはじめカエデ、ツツジ、アセビなどが植えられています。
元赤穂浪士47士のうち10名が、お預けとなった毛利甲斐守邸上屋敷の一部。その10名は1703年2月、この屋敷で切腹、武士の本甲斐を遂げた(説明板より)
ウスオンで10月の池
SPACE MEDAKA
毛利庭園の池に泳ぐ姿、見たかったけれど、見えなかった。
環状線をはさんで毛利庭園の反対側、こんなカフェ・レストランがあった。次回、入ってみよう。
地図を見ると近くにシンガポール大使館がありました。
テレビ朝日通りをさらに南に行くと左手に「専称寺」があります。
専称寺は寛永7年(1630年)創建の古刹。
専称寺は沖田家の菩提寺で、沖田総司の墓もあります。
中に入れませんが、小さな屋根がついたところがそれ。
墓地のあたりは、普通の住宅地です。
マウスオンで寺正面
テレビ朝日通りから見える「元麻布ヒルズ」
あの向こう側に、次に向かう「善福寺」があります。
外苑東通りに戻り、左手ツタヤの前を過ぎるともぅ麻布十番通り。
通りに入るとすぐに、おばちゃんが野菜・自家製漬物などを売っています。モロヘイヤの食べ方を教えてくれました。
総本家「更科堀井」は創業寛政元年(1789年)。
自慢のさらしなそば¥870、鴨南蛮¥1750などマウスオン

善福寺、麻布十番通りなどの地図
麻布十番通り  右「麻布十番温泉」は取り壊し待ち。
六本木ヒルズ森タワーが見えています。
54階建て高さ約238m、後ろはヒルズレジデンス。
十番通り右折、オーストリア大使館がある通りに入ります。
登り坂で暗闇坂に続きます。
「暗闇坂」
樹木が暗いほど、おい茂った坂であったという・・。と書かれています。
大黒坂に突き当ったら、左折で大黒坂を下ります。
坂の途中に港区七福神のひとつ大黒天を安置する大法寺があるため大黒坂と呼ばれるとのこと。
七面坂 下ると麻布十番通りです。
坂の東側にあった本善寺に七面大明神の木像が安置されていたためにできた名称であると書かれています。
麻布界隈の坂はほかにもたくさんあって、面白い名前ばかり。
少し、しんどいかもしれないけれど、坂巡りしてもいいかも。
「善福寺」 
大黒坂がパティオ十番に出たら右折で雑色通りをまっすぐ。
2〜3分で右側に「善福寺」。
824年(天長元年)創建、開祖は弘法大師。
都内では浅草寺に次ぐ古刹。
1859年アメリカ公使館として、初代公使タウンゼント・ハリスや公使館員が暮らしました。
福沢諭吉の墓所もあります。

「柳の井戸」 自然に地下からわき出る水
近くに柳の木もあり、細いながら水が出ています。
参道の中程にあります。
説明板はマウスオン
善福寺中門 
後ろの元麻布ヒルズがミスマッチ。
きっちり背負ってますねぇ。
雑色通りを麻布十番通りに進みます。
交差点のところに「たぬき煎餅」
煎餅がたぬきの形で味は多様、買いました。
たぬき煎餅からまっすぐで「浪花家総本店」たい焼きの店。
1個¥150、行列30分待ちはあたりまえ、「およげたいやきくん」のモデルになったことで有名。2階は喫茶になっています。
下見で、予約注文の打ち合わせに行った際の対応者は、上目線で感じが悪かった。たい焼きはおいしかったですよ。
麻布十番通りに戻り、一の橋に出、東麻布で会食後解散。
約3時間弱のウォークでした。

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ごらんいただき、ありがとうございました。