世界遺産富岡製糸工場の街を歩く    
2013/09/19 晴れ  
新宿〜高崎〜上州富丘  ¥2820 約150分
高崎〜上州富岡往復プラス富岡製糸工場入場券(¥500)¥1600 同鉄道高崎駅にて販売ありです

台風18号がもたらした大雨のあとで上信電鉄線のライン沿いはかなり田畑に被害があったようだった。
せっかく育てた稲が倒れたり壊れたビニールハウスが見えたりで、胸が痛んだ。
上州富岡は高崎から40分弱で到着、2両連結で料金は割高に感じた(¥770)
駅は無人駅もあるけれど有人駅のほうが多かった。乗降はワンマンバスと同様で整理券をとって下車時に支払う。
無人駅の場合は先頭車両、前のドアから下車と決まっていた。
街中には名前がおもしろそうな通りがいくつもあって、地図を見るとわくわくするが・・・。

富岡製紙工場の歴史
明治維新直後の日本は殖産興業推進の礎として「絹、茶」が期待された。
そこで明治政府は養蚕業の盛んな富岡にフランス人技師P・ブリュナーの指導の下に日本初の機械製糸工場を設置した。
明治5年(1872年)官営としてスタート、当時は世界でも有数の規模であったし、女工の労働環境は充実していたそうだ。
その後払い下げられ三井家、原合名会社、片倉工業の所有となった。片倉工業は1939年〜1987年まで操業を続けた。
約1万5千坪の敷地に残る建築物は日本の産業革命の証人であるといえよう。
平成17年(2005)「旧富岡製糸工場」として国の史跡に指定、平成18年(2006)、明治8年(1875)以前の建築物が重要文化財に指定された 。現在富岡製糸場とそれに関連する絹業文化遺産を世界遺産に登録する活動が進められています。
2014/4/26 富岡製糸場と絹産業遺産群」(群馬県)について、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の諮問機関「国際記念物遺跡会議(イコモス)」が登録をユネスコに勧告しました。6月に登録の見込み。
2014年6月21日登録されました。

富岡製糸工場を世界遺産にHP
http://www.tomioka-silk.jp/hp/index.html


倒れた稲田 豪雨だったのですね 鏑川と思います
東富岡駅にあった看板
2014年に審査されるとのこと
上州富岡駅に到着
この看板があちことにあり、現在地の確認ができて非常によかったです
駅は工事中 仮駅舎での営業です
電車が派手な広告でにぎやかです
富岡市役所です
宮本町通りをまっすぐ進みます


城町通りです
突き当りが富岡製糸工場
製糸工場建設のために造られた通りだとのこと
建設当時は、資材運搬の大八車が行き交ったそうです
「江原時計店」城町通り
明治45年創業の時計屋さん マウスオンで説明板
この手書きの説明板があちこちにあり、ほほえましかったです
参考になりましたよ
 
城町通りの両側は食べ物屋さんが多かった
”からっ風カリン”と書いてあります
カリントウってここの名物でしたっけ?
地酒の他は”シルク麺・シルク入りカリントまんじゅう・焼きドーナッツ・アイスクリーム”etc. キーワードはシルクのようですね
工場関係の住宅?
長い屋根を持つ住宅です 廃屋になってるかなぁ
工場の手前にある「信州屋」さん
”絹しゅうまい”を売ってました 冷たいお茶と絹しゅうまい3コで¥250 見学の帰路に立ち寄り食しました
柔らかくてうまい! 
崎陽軒のより少し大きくて少し柔らかいです
10月11〜17日恵比寿三越群馬フェアに出店するそうですよ
城町通りの突き当たりは製糸工場です
多くの見学者が訪れていました
「東繭倉庫」レンガはフランス積み
入場すると目の前はレンガ造りの巨大な建物があります
中央は工場内に入るゲートになっており、向かって右半分は中で施設の説明を受け、利用できる売店、トイレなどがあります
長さ104.4m、1階は事務所・作業場で乾燥させた繭は2階に貯蔵しました
東繭倉庫ゲート脇の様子
フランス式のレンガ積み方式は見た目は良いけれど脆弱と言われますが、ほぼ明治当初のまま残っているのは木骨レンガ造りのおかげと書かれていました
「乾燥場」
繭をカビから守るためと蛹を殺すために乾燥させました
16255坪の敷地に建つ建物群 入場できるのはわずかで外観を眺めるのみ
中も見学したいものですよ
「西繭倉庫」です 立ち入り禁止
ここから「寄宿舎」方向は出口が無く、東繭倉庫ゲートに戻り
ブリュナ館まで歩くのです
高さ37.5mの煙突
初代の煙突は明治17年(1884)暴風雨により倒壊、現在のは昭和14年(1939)建設
「検査人」館 現在は事務所として使用 立ち入り禁止だ
2階は貴賓室もあるそうです、見せて欲しいです
明治6年(1873)建設 生糸の検査担当フランス人の住居として建設、2階建てベランダ付の建物
「診療所」 立ち入り禁止
昭和10年(1935)建設、3代目の診療所、当初はフランス人医師が治療にあたり、官営時代は治療費・薬代は工場負担であったそうで官営から片倉までの全期間を通じて厚生面が充実していた工場でありました
「ブリュナ館」明治6年(1873)建設 立ち入り禁止
フランス人技師P・ブリュナさんが家族と暮らした館
320坪ある建物は女工さんの夜学校として利用され片倉時代は片倉富岡高等学園の校舎として使われました
ブリュナ館を廻りこんだところです
まだブリュナ館
「寄宿舎」です
女工さんが暮らしました
「繰糸場」以下説明板より
長さ140.5m 1987年まで現役で稼動
建物はトラス構造で昭和40年(1965)以降設置の自動繰糸機が残されています
繰糸場でガイドさんの説明を聞く ガイド料無料です
ガイドさんの説明は約40分とのこと
ガイドツァーは時間が決まっているのでその時間に集合場所に行くのです
街に出ます
生活道路として使われている道幅が1.6mの県道
宮本町商店街から見る路地です
二町通り(にちょうどおり) 以下説明板より
戦前戦後まで遊郭があり、現在は多くの飲食店が軒を連ねる
群馬を代表するネオン街です
「龍光寺」 何があるかはマウスオンで
山門の見事な彫刻
見上げればうっすらと天井の絵も見えますマウスオン
山門についての情報が無いのですが・・・
群馬県指定重要文化財龍光寺の「梵鐘」
室町期の鋳造と考えられるため戦時の供出からはづされた、同じ造りの梵鐘が市内小野の長学寺にも残されておりこちらも県指定重要文化財である
群馬県指定重要文化財「板碑」
お社の中に保存されています
高さ140cm、幅45.5cm、材料は緑泥片岩
胎蔵界大日如来真言を上からケン・ウン・ラ・ビアの順に五輪塔形に組み合わせて薬研彫りで刻んだ優秀な板碑であります
龍光寺のオオイチョウ 富岡市指定天然記念物
樹高25m、根回り9.5m、枝張りは東西南北約15m
樹齢は380年以上と推察されます
銀座通りです 肉の原田さん
60年近く営業、女工さんが食べたコロッケは当時5円、そのコロッケは今も人気商品
銀座通りです
通称「電気館どおり」と呼ばれ5軒の映画館があり昭和30〜40年頃は100円持って映画見て富士屋で甘味を食べてひともとでお茶を飲めたそうです
これらの店は現在でも地元に親しまれ営業中
由緒ありげなお豆腐やさん
建物が古そうで間口の広いこと
お休みのようでした
宮本町通りの先にみえた赤い鳥居を持つ「諏訪神社」本殿
なんだかお寺に見えるけれど違うのよね
マウスオンでズームイン
工事中の通りは駅前に続きます
その右側は地図に「倉庫群」と書かれていました
内側は「おかって市場」があります

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ごらんいただき、ありがとうございました